日本人が安心できるのは、何らかのコミュニティの内部で相互監視による抑制が働いている場面のみで、その枠が無い時は、日本人は他人を信頼できないという。 日本人が自分ちの庭をオープンにできるのは「安心」しているからであって「信頼」しているからではない。 「安心」と「信頼」は山岸氏の研究でキーとなる概念で、「安心」は、道ゆく人が社会から暗黙の規制を受けていると思うことで、「信頼」とは、規制されてなくても人間というものは普通悪いことはしないと思うこと。 日本人は他人を「信頼」してないけど「安心」している。アメリカ人は「安心」してないけど「信頼」している。 そもそも「安心」という概念がなくて、他人への一般的な「信頼」が基礎になって成立している社会にとっては、別にどうということはないけど、他人を「信頼」できない人にとっては、ストリートビューは「安心」をぶち壊すとんでもないものに思える。

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